◇ 眠り姫




「…起きないわね」

秋の夕空の下、甲板に大の字で眠るゾロを、腕組みしたナミが見下ろす。

二日前に島に着き、財政難からログが溜まるまで船で寝泊りすることになった。
クルーたちは買出しや冒険やらで上陸を繰り返し、今朝も早くから、なぜか甲板で眠っていたゾロと船番のウソップを残したまま、いそいそと出掛けて行った。
そして夕方帰って来たとき、ゾロはまだ同じ場所で、まったく同じ格好で眠っていたのだ。
さすがに変だと思った皆が総出で起こしても、余程ぐっすりと眠り込んでいるのか寝返りすら打ちはしない。


「だってゾロが寝てるのなんか珍しくもねえと思ってよ…」
だから起こさなかったんだ、と誰にともなくウソップが弁解する。
船番だったウソップは、手がけていた発明に掛かりきりでゾロのことなんか一日すっかり忘れていた。几帳面なコックが作り置きしていった朝食も昼食も、ゾロの分はまったく手が付けられていない。ということは、おそらくずっと眠りっ放しなのだろう。
「な〜サンジ〜、残ってんなら食ってもいいか?」
島で美味いメシ屋に巡り合えなかったルフィが、そわそわとキッチンの方を盗み見る。
「朝どころか、きのうの夜から寝っぱなしなんでしょ、サンジくん?」
ナミの視線がちらりとサンジに向けられた。
「えっ?ああ…、いくら蹴っても起きねえんだよ」
(何で俺に振るんだ、ナミさん…)
勘ぐるようなその口調に動揺したサンジが、銜えタバコをわざとらしくスパスパとふかす。
「ホント、どっかおかしいわよ」
ナミがミュールのつま先で、緑の腹巻を小さく蹴った。

そんなことはサンジだって気付いてる。
だってゾロは、昨晩、あれからずっと寝たままなのだ。






「んっ、ん…っ」
ゾロの手がシャツの裾から入り込み、無遠慮に肌を撫で回す。やがて脇腹を探る手のひらが小さな突起に辿り着き、指で捏ねるように摘み上げた。
「…っぁあ!」
思わず上げた自分の声に、居たたまれなくて顔を伏せた。
相変わらずマリモはデリカシーもクソもなく、メチャクチャにサンジを弄くり倒す。
首筋を舐め上げ、耳朶に噛み付いて、熱い身体を容赦なく押し付けながら。

風呂上りに甲板で一服していたら、いつの間にか現れたゾロに隅っこの方に引っ張り込まれ押し倒された。無理矢理ではない、サンジも合意の上の関係だったが。
(畜生!俺だったら、レディはもっと優しく大切に扱うのに)
こんな、嵐にでも揺さぶられるような、心許ない思いをさせたりなんかしない。
別にサンジは女の子じゃないから乱暴なのは構わないけれど、
(毎回甲板や床の上ってのはちょっと酷ェんじゃねえのか…)
ムカついたので膝蹴りしようとしたら、足を掴まれて下半身に手を突っ込まれた。
「ぅあっ!あ…ぁ」
開いた口に噛み付かれ、ごつい手で急所を擦り上げられて、息が止まりそうになる。
思わず強請るように腰が動いたのを隠そうと、マリモの足をがんがん蹴飛ばせば、蹂躙する舌と手の動きが一層激しくなった。
「ん、んぅ…んっ!」
ベロちゅーされながら涙目での抵抗なんて、野獣なマリモのヤル気に火をつけるだけだってわかっている。それでも、いつも流されてばかりなんて、
――悔しいじゃねえか。

くちゅくちゅと水っぽい音と、いやらしい息遣いだけが甲板に響く。
敏感な場所を犯され続けて、次第に抗う気力も失せていく。
(やべ、気持ちい…)
痺れるほどの快感に、もうどうにでもなれ、と自棄になり始めたとき、
下半身を探る、卑猥な手の動きが止まった。

(――?)

半分サンジに乗り上げていた重たい身体がずるずると滑り落ち、床にごろんと転がる。
「…おい!」
ゆすっても動かない男をひっくり返し、何事かと覗き込めば――
あろうことか、マリモはぐっすりと眠っていた。

「てめェから手ぇ出しといて寝ちまうたァどういう了見だ!!」
すやすやと大の字で眠るゾロを、もちろんサンジは蹴り飛ばした。オマケに何度も踏んだ。
いくら筋肉マンでもちょっとヤバイかな、と思うくらい容赦なしに。
それでもゾロは安らかな寝息を立てたまま、身動きひとつしない。


「寝腐って枯れちまえクソ緑…」
怒りを通り越して呆れ返ったサンジは、最後にひとつゾロの腹を踏みつけると、爆睡する男に背を向けた。








夕食後、まだ眠ったままのゾロを格納庫に運び込み、クルーたちが額を突き合わせてあれこれと検討を重ねる。

「起きないっていうのには、何か原因があるはずよね」
「血圧が低くて脈がゆっくりだって以外、特におかしなことはないんだけど…」
ゾロの腕を取り、脈拍を測っていたチョッパーが、ナミを振り返る。
「両方とも、通常の人間の数値からかなり外れてるんだ」
それは普通に眠っているときよりも、遥かに深い睡眠状態だということらしい。
「島で何か変なモンでも拾い食いしたんじゃねえのかー?」
「そりゃねえだろ、おめェじゃあるまいし」
鼻をほじりながら緊迫感のない意見を挟むルフィにウソップがツッコんだ。
「昨日は剣士さんは船番だったわ」
ロビンのセリフに、確かにそうだった、と一同は考え込む。
船にひとりで残っていたゾロに、特に変わった出来事もなかったようだが…
「そういやおととい甲板で虫に刺されたって言ってたな」
いい加減飽きて来て、煎餅をバリバリかじっていたルフィが呟いた。

「それだ!」
分厚い医学書を何冊も床に積み上げて、調べものをしていたチョッパーが取り出したのは「家庭の医学グランドライン版」だ。その「害虫」の項目にあったものを読み上げる。



<眠り虫>

グランドラインの某地方にのみ生息する珍しい虫。
蜂に似た小さな虫で、刺されると一週間ほど昏睡し続ける。
厳密に言うと意識はそのままで、身体のみが睡眠状態と言える。
潜伏期間は24時間で後遺症はなし。代謝も落ちるから飲まず食わずでも大丈夫。
治療法は――


「ちょっと見せて」
それをひょいとチョッパーの手から取り上げたナミが、ざっと目を通す。
「ふ〜ん、眠ってるように見えるけど、意識はあるらしいわね」
「意識あるのか?」
「普通に起きたり眠ったりはするみたいだけど、身体はずっと睡眠状態だそうよ」
「脳波を調べれば意識が起きてるか眠ってるかはわかるぞ」
ナミの言葉にチョッパーが補足説明するが、メリー号にそんな設備は勿論ない。
「おーいゾロ、起きてっか!?」
どう見ても普通に寝てるようにしか見えないゾロの顔を覗き込んだルフィとウソップが、ぷにぷにとその頬をつついて遊ぶ。
「治療法は何て書かれているのかしら、航海士さん」
ロビンの問いにもう一度ページに視線を戻し、ナミがぱたん、と本を閉じた。
「キスをすれば治るらしいわ」

「あァー?!何だそりゃ!!」
「あら、どこかのおとぎ話みたいね」
思わず素っ頓狂な声を上げたサンジの後ろでロビンがうふふ、と微笑む。
「だってこの本にはそう書いてあるんだもの」
「……」
「…で、誰がするんだ?」
「……」
「……」
ウソップの恐る恐るの発言の後、気まずい沈黙がその場を支配した。

「そうねー、でもゾロが起きないのはいつものことじゃない?」
「そりゃ酷えよナミ!いやでも確かにそうだな」
「じゃ、一週間ほど眠っててもらえばいいわ。食費もかからないし」
「えええーー!ゾロが一週間も寝てたらつまんねえ!!」
「あら、剣士さんが食べないのなら、ひとり分の料理の量が増えるかしら」
「よし、寝かしとこう。船長命令だ!」

結局、「起きるまで放っておく」という無責任な結論に落ち着いて、皆はそれぞれに引き上げて行った。ラウンジに戻ろうとするナミに、最後まで残っていたチョッパーが声をかける。
「ナミ、さっきの治療法だけど…」
「だってウチには王子様がいるじゃない」
そう言ってナミはにっこりと笑う。

「お姫様を起こすのは王子様のキスだけでしょ」






そしてその夜遅く、格納庫のドアが静かに開き、金髪頭がひょこりと覗いた。
辺りを見回しながら素早く中に入りドアを閉めると、サンジがマットレスに転がるゾロに小さく声をかける。
「おいマリモ…寝てんのか?」
返事はない。
近付いて見た顔は、やっぱり、ただ眠っているようにしか見えない。
(放っといたって一週間で目が覚めんだよな)
意識があるのか本当に寝てるのかは見た目じゃわからないけれど、ゾロのことだ、鍛錬が出来ないとなれば、おそらく眠っているだろう。
「確かに昼間寝てんのはいつものことだけどなー…」
マリモのくせに意外と端正な、その寝顔をまじまじと眺めた。

基本ゾロの生活はシンプルで、欲望のままに生きるドーブツだ
欠食児のようにサンジの飯を食い、アホかと思うような馬鹿でかいバーベルをぶんまわし、夜はといえば、なにが楽しいのか知らないが、隙あらばサンジに手を出してくる。いくら溜まったモヤモヤを処理するのに都合がいいとはいえ、このところ毎晩だ。
それに最近は、島に着いてもその手の店に行く様子もない。
まさか金がないから手近なとこで済まそうと思っているとか…
――ありえるな、マリモなら。

ならいっそのこと金を取ってやろうか、なんて考えた。
(そしたらこいつは、同じ金を払うなら、当然レディのほうに行くんだろうな)
だって自分が下になって、身も蓋もない言い方をすれば突っ込ませてやってるのだ。この筋肉男に突っ込むよりは、突っ込まれる方がまだマシだってだけの究極の選択だ。
(確かにこいつとやるのは気持ちイイっちゃイイけどよ…)
そりゃあもう、女の子とのほうがずっといいに決まってる。
こんな固い筋肉より、柔らかくてあったかいレディと、やらしいことがいっぱいしたい。
それなのに、

「ログが溜まるまでまだ何日かあるし、久々にナンパでもするかな」
口に出して、白々しさに溜息が出た。
ゾロとセックスするようになってから、サンジは女の子とは寝ていない。島に着いても何となくそんな気になれない。
航海中の欲求不満解消が、これじゃあ本末転倒だ。
「ずっとこのまま眠っていやがれクソ野郎」
一週間といわず、この先ずーっと。
そうすればサンジはまた、世界中のかわいいレディに恋をして尽くしまくる。人類の半分は女の子だ、いつか一生を共にする運命のレディとも出会えるかもしれない。
こんなアホなんかじゃなくて、もっと――


「…クソ!」

目の前で呑気に眠り続ける男の顔を覗き込んだ。

「…キス…してやるから起きろ」
躊躇いながらも更に顔を近づけ、口元に、ちゅっと小さく口付ける。
「ゾロ?」
照れくさくて、滅多に呼ばない名前も呼んでみた。

「………」

何も起こらない。

もういちど、今度はしっかりと唇を押し付けた。
けれど、固唾を呑んで見守るサンジの前で、眠りマリモはぴくりとも動かないままだ。
(畜生、だんだん腹立ってきやがったぜ…)
こうなったら意地でも起こしてやると腹巻の上に馬乗りになって、少し開いた口の中に思いっきりよく舌を突っ込んだ。
動かないゾロの舌に自分の舌を誘うように絡めるうちに、熱い口内の甘ったるい気持ちよさが、なんだかじわりと下半身の方にまで伝わっていく。
「ん…」
鼻から抜けるような声が出て、サンジは慌てて口を離した。
「…っ、クソ…これでも起きねえんなら…いっそ永眠させてやっか…」
少し乱れた息の間から、キレたサンジが凄んだ途端、

「甘えな、こんな程度じゃ」

いきなりがっと腕をつかまれ床の上にひっくり返された。
「な…っ!てめェ――」
呆気に取られている間に体勢は逆転され、手足を完全に封じられる。
「わっ、待て…」
「きっちり起こしてくれんだろ」
目覚めた魔獣が凶悪に笑う。
「…って、もう起きてんじゃねえかよ!!」
馬鹿力で押さえ込まれ、近付いて来た唇に叫び声を塞がれた。







「眠り病は虫の毒が体内に入って体液が変化するせいなのね」
女部屋でロビンがぱらぱらと医学書のページをめくる。
「治療法が、『感染してない他人の唾液もしくは血液を摂取する』というのなら…」

「――別に、輸血とかでもよかったんだけど、でもこの方が手っ取り早いでしょ」
ベッドの中で、ナミが眠そうに欠伸をする。
「あら、ごめんなさい。明るくては眠れないわね」
本を閉じ、ぱちりとスタンドの電気を消して、ロビンもベッドに滑り込んだ。


今頃お姫様は、王子様のキスで目覚めただろうか。
そういえばさっき、どこかで悲鳴が聞こえたような気もする。
人目を憚りながら、こっそりと格納庫に入っていった姿を思い出し、ロビンの口元に思わず小さな笑みが浮かんだ。






『seadragon』カヲリ様からいただいてまいりマシた〜v
タイトルを目にした瞬間「サンジ?」とか夢見がち(笑)な事考えたんデスが…
旦那かいッ(爆笑)
そんで弄くり倒すて(笑)
素敵デス旦那vvv
即「よし、寝かしとこう」な船長も素敵すぎデス(笑)
なんだかんだ言われつつ(笑)も起こしてもらえて良かったvvv
カヲリ様ありがとうございマシたv



→2006ゾロ誕

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