砂の魔女




「剣士さんにあげるわ」

昼下がりのキッチンに入ってきたロビンが差し出したのは、小さなガラスのビンに入った象牙色の砂だった。黙って緑茶を煽りながら訝しげにそれを睨み付ける剣士の足を、横に立っていたサンジが、がんと蹴り付ける。

「痛えな!何しやがる」
「ロビンちゃんがプレゼントを下さるってのに、なんつー態度だハゲ!」
「あァ?てめェに態度がどうこう言われたくはねェな凶暴コック」
「水棲植物に礼儀正しくする趣味はねェからな」
今にも掴み合いを始めそうな二人に向かって微笑むと、ロビンが透明な瓶をテーブルに置いた。

「もうすぐ誕生日なのでしょう?それにこれは――」
細かい砂が、さらりと小さく流れる。

「魔法の砂よ、私には必要ない」







「サンジくん、お茶入れて貰える?」
ロビンがキッチンを出て行くと、入れ替わりに入って来たナミが、サンジの持つ瓶を目ざとく見つけた。
「あら、それ…『砂の魔女』じゃない」
「何だ、その『魔女』ってのは…」
いかにも怪しいネーミングに、ゾロが眉を顰める。
「ナミさん、これ何だか知ってるの?」
瓶を置き、お茶の支度を始めたサンジが、期待を込めてナミを振り返った。

「今流行ってるじゃない、アンタたち知らないの」
「知る訳ねェだろ」
「女の子達に絶大な人気のおまじないよ」
「おまじない?」
そう、とナミの指が、机の上の瓶を玩ぶ。
「この砂を眠ってる人の瞼に乗せれば、目が覚めた時に最初に見た人と恋に落ちるっていう、なんだか嘘くさい話よ」
それを聞いて、サンジの目がきらきらと輝いた。
「惚れ薬?」
「薬じゃなくて、『おまじない』って言ってるじゃない」
「何でアイツがそんなモン持ってやがるんだ」
なんか企んでんじゃねぇのかと訝しげに問われて、ナミが「違うわ」と説明する。
「前の島でロビンと一緒に買い物をした時、オマケにくれたのよ。私は要らないからって、その分負けさせたわ。ロビンは面白そうだと貰って帰ったけど…」
あんたへのプレゼントにしたんだ、へえー、と、からかうような口調で言われて、ゾロが苦い顔でナミを睨み付けた。

「本当に効果があるのかな?」
興味深げに聞きながら、サンジがティーカップを渡す。
「さあ、そんなのわからないわ。サンジくん使ってみれば?」
それでは、ぜひナミさんに〜〜という声はあっさり無視して、入れたての紅茶を手に、ナミもさっさとキッチンを出て行った。




「またこんな胡散臭えモンを、あの女は…」
吐き捨てたようなゾロの言葉に、何言ってやがる!とサンジが突っかかってきた。
「筋肉増強ばっかしてねェで、恋のひとつでもしろっていう、ロビンちゃんの優しい思いやりじゃねえか」
「要らねぇよ、てめェが使え」
「おれにはンなモン必要ねェ、出会ったレディみんなに恋してるからな〜v」
アホ丸出しの顔でうっとりと天を仰ぐサンジを前に、思わず呆れてため息が出る。

(じゃあ、なんで、てめェはおれなんかと寝るんだ)
口に出そうとして止めた。

聞くだけ無駄だ。
サンジは、ゾロと散々セックスをしておきながら、早くかわいい彼女でも見つけろよ、なんてことを平気で抜かすようなアホだ。ゾロの気持ちすら知らないで。

こんなアホには関わらないに限るけれど――。
(呪いでも掛けられたとしか思えねぇな…)

ゾロにだって、こんなものは必要ない。
とっくに目の前のバカに惚れているのだから。






(ここが一番日当たりがいいな)
ぽかぽかと暖かい陽だまりを探して昼寝場所を移動したゾロが、キッチンのドアのすぐ横に座り込んだ。
中からは、甘い匂いと共に、ルフィたちの騒ぐ声が微かに洩れ出して来る。
もうすぐおやつの時間なのだろう。

「まあ、ひと眠りしてからでいいか」
ふあ〜っと、欠伸と一緒に伸びをすると、こん、と音がして腹巻から飛び出た何かが甲板に落っこちた。
「何だ?」
ころころと転がったのは、透明なガラス瓶。
(そういや、ありがたく貰っとけ、とコックに腹巻に突っ込まれたんだった…)
貰いものだ、捨てる訳にもいかないけれど、ルフィたちに見つかりでもしたら、また興味本位で騒がれそうだ。

「とりあえず仕舞っとくか」
拾った瓶を適当に腹巻に突っ込み、キッチンの外壁に寄りかかると、ゾロは再び、まったりとした午睡へと落ちて行った。



キッチンの中では、壮絶なおやつ争奪戦が繰り広げられていた。
もちろん毎度の事だけれど。
「うっめ〜〜!サンジ、もっとねぇのか?」
「ルフィ!これはおれのだぞ!!」
「おいサンジ!おかわり作ってやってくださ〜〜い」
凄い勢いで、おやつを流し込むルフィから、必死で目の前の皿をガードしながら、チョッパーとウソップが悲痛な叫びを上げる。
少し離れた席で、ナミだけが悠然とケーキを味わっていた。さすがの船長も、ナミの分にまで手を出す命知らずではないらしい。
(やべェ、マリモ呼んで来ねえとルフィにみんな食われちまう)
「ルフィ!他のに手ェ出すんじゃねえぞ、あとでまた作ってやるから」
そう釘を刺すと、サンジは急いでキッチンを飛び出した。

「うおっ!」
ドアを閉めたすぐ横に、目当ての男が爆睡しているのに気付き、思わず飛び退く。
(何だ、こんなとこで寝てやがったのか、猫かコイツは…)
「…?」
蹴り起こそうとしたつま先に何かが当たった。
見下ろすと、小さな瓶がきらりと光る。
「こりゃあ、ロビンちゃんから貰った――」
拾い上げて、透き通ったガラスを日差しに透かした。
中に入っているのはどう見ても何の変哲も無いただの砂だ。

「…女の子って、かわいいよなv」
こんな他愛もないものを信じて、こっそりと小さな願いを掛けるのだ。
サンジだったら、そんなことをされただけで恋に落ちてしまいそうだ。
口を開けて鼾をかく、厳つい顔をしみじみと眺めた。
(でもコイツにゃ、こんなもの効きもしねぇだろうな)

ゾロと抱き合う時の、あの熱い身体を思い出す。
それはきっと、その場の欲情以外の何ものでも無い。
男同士の、あっさりした関係だ。恋人同士みたいな甘いモンなんかありはしない。
でも案外この阿呆は、女性に対しても、あんな態度なんじゃないかという気もした。

涼しい風が芝生頭を小さく揺らし、閉じられた瞼の上の深い縦皺がぴくぴくと動く。
壁に寄りかかって眠るその横には、三本の刀が物騒に立掛けられている。
(見た目にゃムサイし、おっかねェし…)
レディに敬遠されそうな割には、意外とモテやがるのがまたムカつくぜ、とサンジは掌の中の瓶を握り締めた。

――ゾロが誰かに恋をする。
この、野望以外なにひとつ執着するものなんか無いような、鈍いマリモが、
誰かを好きになり、求めて、手を伸ばすなんて。
そんなことは天地がひっくり返ったってあり得なさそうに思えた。
でも、
「無え…とは言えねェ…かな」

無骨なでかい手は、いつも驚くほど優しくサンジに触れる。
不本意だけど、気持ちいいなんて思ってしまうくらいに。
この無愛想なマリモが、実は情に深いことだって良く知っている。

だからコイツは、いつか、誰かを好きになったりもするのだろう。
そして、サンジではない、その誰かと一緒に、険しく長い道程を行くのだ。

そんなのは――

「サ〜ンジ〜!おかわり〜〜!!」
「うわ!」
キッチンの中から聞こえたルフィの絶叫に驚いて、落としかけたビンを慌てて掴む。
弾みで小さな蓋が開き、毀れた砂がゾロの顔にぶち撒けられた。

「ぶは!なんだこりゃ」
さすがに目を覚ましたゾロが、砂塗れの顔に手をやる。
(しまっ…!)

「おい、そこにいるのか、サンジ?」
ウソップが開きかけたキッチンのドアを、咄嗟に後ろ手で押さえた。
どんどんと、ナミが中からドアを叩く。
「ちょっと、開けてよ!」
「面白えもんがあるのか?ずりぃぞサンジ!」
ドアの隙間からゴムの腕がにゅっとはみ出して伸び、サンジの服を引っ張る。
コツコツと、キッチンへの階段を上ってくる足音がした。
「コックさん、ごちそうさま、とても美味しかったわ」
さっきまで甲板で本を読みながらお茶を飲んでいたロビンが、空いた皿を手に、サンジの前で微笑む。
目元を擦りながら、ゾロが唸った。
「うるせえな、何やってんだ」
「ダメだダメだ!見るな、わ〜〜〜っっ!!」


くすくすという小さな笑い声と共に、階段を降りていく足音が聞こえた。
目を開ければ、なんだか必死にサンジがドアを押さえている。
困ったような、ちょっと泣きそうな顔で、手には小さな瓶を握り締めて。

「アホかてめェは、こんなモン無くたって――」
顔に付いていた砂を払うと、ゾロは笑いながらサンジの腕を引っ張り寄せた。






『seadragon』カヲリ様からいただいてまいりマシた〜v
まずタイトルにヤられまくりで(笑)
モリカワこんな感じのに弱いのデス〜
で、うんわ〜っ!
何このコック!!!
カワイすぎカワイすぎ〜vvv
必死加減がたまりマセん〜(号泣)
良かったねぇ〜ゾロv
そしてロビンちゃんのさり気な出張り方もとっても素敵なのでございマス♪
カヲリ様ありがとうございマシた〜v


→2005ゾロ誕
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