『消費期限』




それは十一月十一日、午前一時、停泊中の無人島での出来事。

「ない…」
コックはキッチンにて屈み込み、麻袋を手に呟いた。
嫌な汗が背中を伝う。
「まさか誰か食ったんじゃねぇだろうな…」
口にしながら顔を上げた瞬間、飛び込む緑。
「うぉっ?!」
なんだこりゃ?
なんかニオウぞ?!
「って近ぇ!!!」
サンジが思わず手を使って突き飛ばしたのは堅い腹。
つまり、目の前にあったのは剣士の腹巻だった。
「急に目の前来んな!!しかもクセェ!!洗ってんのかその腹巻?!」
失礼極まりない。
だがそんな暴言を吐かれた本人気にも留めず、全て無視して麻袋を指差した。
「そん中のもんならオレが食った。」
盗み食っておいて何をエラそうになのだが尊大に言い放つ。
「く…くっ…っ?!」
わなわなと麻袋を握り締めるコックの指先が震えた。
「なんかおかしいか。」
ヘンなヤツだなと眉を顰める剣士の足元に、黒い爪先が飛んで来た。
「あっ…ぶねぇな何しやがる!!」
ギリギリかわして睨みつける男に、サンジは怒鳴りつけた。
「何もおかしくねぇよっ!!食ったのか?!コレを!!」
なんだか見て取れるほどに青い顔をしている。
あまりに動揺したその様子に蹴りをくらいそうになった怒りはひっこめた。
「どうした。なんかマズかったのか。」
とりあえず、理由を尋ねる。
コックはがっくりと項垂れ麻袋を床に落とした。
パサッと軽い音。
中味は空、だ。

ソレはグランドラインで初めて目にしたものだった。
果物、強いて言えばさくらんぼのようなその丸いものは非常に希少で美味という噂。
幸運にもそれに巡りあえたサンジは嬉々として購入した。
が、購入時、それが希少である理由を知ったのである。
満面の笑顔で受け取った後の店主の言葉。
「あ、兄ちゃん気ぃつけろよ!分かってると思うがそいつぁ十日過ぎると毒になっちまうからな!!」
ハイ?!
分かってるって何が?
初耳だ。
「ん…だそりゃ…」
「なんだ兄ちゃん知らなかったのか。そいつは摘み取ってきっかり十日で完全に熟しちまって、種の部分から毒になる。」
だから栽培も難しく、希少価値があんだ。
「まぁそれは日付変わってすぐ摘み取ったばっかだからまだ丸々十日大丈夫だがな。」
店主の説明に呆然。
何故ならサンジは今日から十一日後に控えた同じ船に乗る剣士の誕生日に出してやるつもりをしていたから。
つまり期限は当然一日過ぎてしまう。
いくら丸々だろうと十日では足りないのだ。
どうしようかと考えているうちに十日目の夜になり、ついには十一日目を迎えてしまった。
さっさとなんとかしておけば良かったものを、未練がましく残しておくからこんな事に…
「オレのミスだ…」
コックは更に項垂れた。
そして足元に落ちた麻袋を見詰め、ある事に気付きハッと顔を上げる。
「オイっ!!オマエここでコレ食ったか?!」
「?…ああ。」
慌ててゴミ入れの中を覗き込むが夕食後片付けた時のまま、そこは空だった。

本来ならあってしかるべきはずのものが、ない。

「おっ…オマエまさか…たっ、種…」
普通は出すだろう。
が、この男の場合かなりアヤシイ。
「ん?なんか柔らかかったぞ。」
問題あんのか?
嫌な予感的中。
「…食ったんだな…」
やっぱりかやっぱりなのか。
「食った。」
よりによって、毒の「芯」になる部分を…
なんだか問い詰める親と叱られている子供のようなやりとりだ。
しかし食ってしまったものはもうどうしようもない。
サンジは即座に切り替え、こんな時間で申し訳ないがこの船の船医であるチョッパーに起きてもらおうとドアに手をかける。
だが何がなんだか分からない上どんどん一人で話を進めてしまうコックにムッとしたゾロに
「食われたくなきゃちゃんと隠しとけ。」
なんて事を言われてしまった。
だいたい何が悪いって盗み食いをする方が悪いに決まっている。
何故開き直られなければならないのか。
言ってる事などそれこそ子供の言い訳だ。
とにかくテメェの状況を理解しやがれとサンジは先に説明する事にした。
「アレは…珍しいもんでだな、美味いっつーから買っておいたんだ…」
誰の、何の為に、かは言わない。
「おう。確かに美味かった。」
しゃあしゃあと答える剣士に眩暈を覚える。
ああ、そりゃウマかったろうよ。
ゾロがソレを食し出したと思われるのは日付の変わる前後。
「毒」となるギリギリにも食ってたわけで。
果実は熟しきる直前が一番ウマいもんだ。
でも。
「毒に、なっちまうんだ…」
ほんの一時間ほど前、十日経過しちまったとこで。
「は?普通に食えるもんだから買ったんじゃねぇのか。」
一通り説明してみたが、やっぱりゾロには分からない。
「だから熟したら毒にって言って…っ!!だぁっ!!もぉ面倒くせぇ!!!」
サンジは額に手を当てて大きな溜息を吐いた。
「…つまり『消費期限』があんだよ。」
「消費期限?」
「…あ〜…簡単に言やその日までに食わなきゃ駄目ってこった。」
極論ではあるがまぁ、分かりやすく言えば、だ。
「ふぅん。」
けれど剣士に気に留める様子は無い。
「ふぅんってオマエ…まだどっか痛ぇとかそんなんねぇのか?」
分かりやすくハラが痛ぇとか。
だがゾロは首を捻って考え込んだ。
要するに考えても分からないくらい不調は見当たらない、と。
「クソっ、なんもかんも鈍く出来てやがんのかこの筋肉ダルマめ。神経まで筋肉になってんじゃねえのか。」
悪態をついてみるが、じわじわ来る恐れ大だ。
「筋肉筋肉うるせぇ!!」
青筋を立てる男を無視して
「いいからちょっとそこで待ってろ!!」
サンジは慌てて船室へと向かった。

「チョッパー、悪ぃ、起きてくれ…」
ハンモックで眠る青っ鼻のトナカイを揺り起こす。
もちろん船長や狙撃手まで起こさないよう小声。
鼻ちょうちんがパチンと割れた。
「ん〜…どうしたんだぁ?サンジぃ…なんかあったか?」
自分の方が年下のくせに、まるで諭すような口調。
コックが夜中に起こしに来る事など珍しい。
「誰か怪我か?」
小さな蹄でコシコシとまだ開かない瞼を擦る。
「ああ、ごめんなすぐ来て欲しいんだ。クソ腹巻が毒物食いやがった。」
説明は後に回し、簡潔に言ったつもりだったそれは寝ぼけた船医に衝撃だったようで
「ええっ?!いっ、医者ぁ〜っ!!」
飛び起きた。
「いや、だから医者は…さぁ…」
なんだかこのやりとりにもいい加減慣れてきたコックはチョッパーを指差してから有無を言わさず抱き上げた。
「とにかく来てくれ。」
慌てて剣士を置き去りにしたキッチンへ。

「ゾロっ!毒物食ったって?!」
到着したとたん、チョッパーは医療鞄を手に駆け寄った。
が、
「あ?毒物じゃねぇだろ。美味かった。」
さっぱり意味が分からない。
え?とコックを振り返った彼に
「そいつの言う事は無視してくれ。とにかく、どっか異常ねぇか?」
促すと船医は聴診器を取り出した。
「う〜ん…特に変わった様子はなさそうだけど…」
一旦それを置いたチョッパーに、サンジはおかしいな〜と首を傾げる。
「で、何でこんな事になってるんだ?」
サンジは事の詳細を船医に説明した。
「それ、ゾロが食ったわけか。」
「ああ…」
溜息。
元々この男に食べさせようと思って購入したものだ。
食べた人間、日付は間違ってなどいない。
ある意味予定通りではある。
が、しかし、だ。
「う〜ん…だいたい二〜五時間くらいで消化されるんだけど…ゾロ他になんか食ったか?」
チョッパーは症状が表れない事に疑問を感じ、質問した。
消化の問題?
「いや、他には何も。」
なら違う。
では何故症状が出ないのか。
「じゃあ二時間くらいと思ってていいと思う。」
だいたいの消化時間。
「て事は…だ。」
サンジはちらと壁に目をやる。
「うん。そろそろだね。」
時計の短い針はそろそろ文字盤の二を指そうとしていた。
んん?
二人が目を戻した瞬間、剣士は自らのハラを押さえる。
「そういやぁ…」
眉を寄せ
「さっきからハラが痛ぇ。」
いくら魔獣と呼ばれていようとも、人並みの痛覚はあったようだ。
つまり、状況として当たり前だがハラは痛い。
「「早く言えっ!!!」」
見事に息ぴったり。
まるで親子状態でツッコむ船医とコックはあわあわと剣士を横にならせた。
「チョ、チョ、チョッパー?!オレはどうすりゃいいんだ。」
「ええと、ええと…とにかく解毒…解毒だ!」
「解毒?何で?何ですりゃあ?ええと、とりあえず水?薄めるか?」
「もっ、毛布…毛布ゾロにかけないと…」
「えっ?水?飲むんじゃなくて?かけんのか?」

オチツケ。
ハラが痛いと訴えた本人はされるがままで口元に運ばれた水を飲み干した。
いきなりブッかけられたらどうしようかと少し心配した事は言わずにおく。
どうにか落ち着いた二人はなにやら分厚い本を広げて夢中だ。
「これか?」
「う…うん。植物性の毒なら大抵のはこれで効くと思う。」
そこには奇妙な形をした緑の葉っぱ。
「おし、分かった!今から採ってくっからみんなに事情説明して先にそいつのバースデイパーティー始めててくれ!!」
コックはすっくと立ち上がった。
その会話を黙って聞いていたゾロは慌てて身を起こす。
「っ、オイ!!」
「なんだ?」
振り返る金髪頭は出掛ける気満々で、すでに薬草を入れる為の袋を担いでいる。
「何考えてやがる!今夜中だぞ!!」
ただでさえのこの暗闇の中、山へ入ろうと言うのか。
ここに関してはたいして心配していないが、何が潜んでいるかも分からない。
せめて朝を待てと引き止める。
だが。
「んな事言ってる場合じゃねぇだろが。」
コックは待つ気になどなれなかった。
船医もそれに同意する。
「そうだぞゾロ。ずっとそのままとは限らないし、何かあったらどうするんだ?今はサンジに任そう!」
それでもゾロはいつになく食い下がる。
「腹痛だったら気にすんな。不用意に口にしたオレのせいだろが、寝てりゃ治る。」
治るわけがない。
毒だ。
おまけにチョッパーが言ったように、症状がそのままとは限らないのだ。
「誕生日だってのにシャレなんねぇ…すぐ戻る。」
ボソッと小さく残し、サンジは足早にキッチンを出て行った。

「すぐ戻る。」
確かにそう言って船を降り、山へ向かったコックは空に星が輝き出してもまだ、戻らなかった。

コックが用意して行った料理にみなが主役そっちのけで騒いでいる間、いよいよハラの痛みが増して来たゾロはいつもは航海士専用のチェアに腰掛けていた。
「大丈夫か?」とたまに思い出したように様子を伺う船医であったが平気な顔をしている剣士にそこまでの心配はしていなかったようである。
ゾロの様子に忘れがちだが口にしたのは「毒」だ。
本来腹痛程度ですむわけがないのだが、普段の鍛錬マニアっぷりが内臓にまで影響しているのであろうか。
そういえば剣士に傷以外の治療をするのは初めてではないかとチョッパーは思い至る。
人として何かオカシイ。
もちろんそんな事口にはしなかったが。
「心配しなくても大丈夫よ。」
苦しいはずの腹痛はどこへやら、そわそわ山を見やる剣士を横目で見やってナミが口を開いた。
「サンジ君がヘマすると思う?」
自分の事ならともかく仲間の事よ?
なんて付け加える事も忘れない。
しかも相手が…
続けようとして、そこからは言わずにおいた。

長く腹痛に悩まされた剣士は十一月十一日午後十一時、様子を見に出た甲板で、船の縁にかかる手に気付く。
近付き様子を見ているとひょいと軽そうな袋が投げ入れられた。
追って現れる丸い頭部。
ゾロはようやく戻ったコックに安堵の溜息を吐いた。
「思ったより手こずってよ…悪ぃ…」
痛みは?
バツ悪そうに投げ入れた薬草が入っているであろう袋を持ち上げる。
暗くてよく分からないのだが、なんだかひどい出で立ちだ。
スーツの左袖は肩から破れているように見える。
何がどうなってその状態なのか聞きたいところだったが、コックの方がちょっとばかり先に口を開いた。
「チョッパーは?」
とりあえず答える。
「…キッチンだ。」
では自分の番と
「オマエ…どうかしたのか。」
問いかけるがサンジはそれに答えない。
「なにが。」
どころかはぐらかす。
「なんでテメェだけここにいんだよ。」
その上質問返しだ。
ちょっと待てと止めても良かったのだが多分、言いたくないのだろう。
敢えて流してやる事にした。
で、律儀に彼の質問に対する回答。
なのだが、キッチンで一緒に待てと言われたにもかかわらず気になって自分だけ甲板に出たなどと、どうして言えようか。
「別に…」
曖昧に返し、連れ立ってキッチンへと向かう。
コックも流石に疲れたのかそれ以上追求しては来なかった。
近付くにつれ漏れ出る明かりにクリアになる視界、飛び込む様に剣士はギョッとする。
「オイっ…なんだそりゃ?」
激しく破れたスーツの左肩口からのぞく白いシャツには赤い染み。
全身泥だらけで左手の甲には五センチほどの切り傷が見えた。
すでに乾いていて、深くない様子は見てとれるがそんな問題ではない。
手の甲のそれに気付いた瞬間、その手を取っていた。
「テメェっ…っ!!」
「いっ…」
コックが痛みに顔を顰めたので緩めはしたが、それでも離さない。
「何考えてやがる!!手は料理人の命なんじゃねぇのか!!」
腹痛などキレイに吹っ飛んだ。
握った手を持ち上げ、間近く見る。
乾いて引きつれた様が痛々しい。
「それを…こんなとこに傷作りやがって!!」
何をそこまで自分が怒る必要があるのかという疑問は浮かんだが一瞬で消えてしまった。
ので、止める事は出来なくて。
コックは何を言い返すでもなく黙ったままだった。
そう言えば元々は、と事の起こりを思い出したゾロはゆっくりと握り締めた手を離す。
苦労してくれたであろう彼に怒りを向けるのは違う。
「スマン…テメェがんなに気にする必要は…」
オレが勝手に食ったんだし、そこまで…
と小さく、言いかけた言葉をサンジは遮った。
「ちげぇよ…」
「何が。」
「気にしたんじゃねぇよ。」
「じゃあなんで。」
無意識に伸ばした指先に触れる絡まった金糸。
いつも白い肌は泥まみれでより一層汚れて見える。
はず。
なのに。
その汚れた顔はいつもより整って見えた。
「なんでオマエ…そんな…」
必死なのか。
「…さぁ、なんでだろうな。」

サンジが摂って来た薬草で薬を作ってもらった剣士は誕生日ギリギリで、ほぼ丸一日悩まされた腹痛とおさらばした。

チョッパーに「大丈夫か?」と心配されながら傷の手当てを受けたコックはシンクにもたれ、タバコの煙を吐き出す。
ゆらり揺れて薄れてゆくそれを目で追っていると船医と一緒に船室には戻らず、何故かその場に居座った剣士が口を開いた。
「ところで消費…なんだ。」
何を唐突に、と思ったが多分例の実の事だろう。
「期限。」
質問に答えてやる。
ゾロは少し考えチラと金糸に目をやった。
「そう、それだ。オマエのソレはいつだ。」
それまでになんとかしねぇとな。
なんて、後の言葉は呑み込む。
警戒なんぞされたらたまらん。

「はぁ?何の話だ、ねぇよんなもん。」





「ふぅん…いつでもいいって事だな。」





end





そのまま出来上がっちゃって下サイ。
是非。←自分が書け。
ってゾロ祝われてねぇよ?!

ごめんナサいごめんナサい(汗)
おまけに書き終えてから気付きマシたが「おめでとう」の「お」の字も…も…


→2005ゾロ誕
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